アヒルとふぁきあ、その後 |
…その後アヒルとふぁきあは共に穏やかな日々を送っていた。アヒルのボディランゲージを介して、意志の疎通はかなり円滑にできるようになった。二人の間に、言葉は特に必要なかった。ふぁきあの物語記述能力を用いた精神感能は、二人にとって特別に大切な一時を過ごすため ― たとえば何かのお祝いなど ― のときだけの一時的な使用にとどめた。アヒルをふぁきあの意志で束縛しないために。互いが互いを自由な意志のみで愛することができるように。
しかし、そんな二人に問題が起きるのに長い時間的猶予は無かった。アヒルはやがて家鴨として成長し、無精卵を生むようになってしまったのだ。ふぁきあにはそれを食べることができなかった。かといってうち捨てるわけにもいかない。二人にとってそれは家畜の卵ではなくあひるの子供のように思えたのだ。無駄だとわかっていても卵を温めるのを止められないアヒル。そんなアヒルを、ふぁきあはなぐさめることすら出来ずに見守ることしかできなかった。
苦しみのなか、やがてアヒルは自分の気持ちにはっきりと気付く。今すぐとは言わない。いつかふぁきあの子供を生みたい、と。それはふぁきあも同じ思いだった。しかし互いに言い出すことができない。継続的に物語の力を行使することなしに叶わぬ願いだとわかっているからだ。それは二人にとって禁忌だった。
ふぁきあは悩み苦しんだ。ひたすら真面目に真面目に悩んだ。しかし思考はすぐに袋小路に陥る。自分の力で「アヒル」を「あひる」にしたい。しかしそれは禁じ手だ、と。ならばアヒルを親鳥にしてやるべきではないか。しかしふぁきあにその決断はできなかった。その選択は二人の間で何かを終らせてしまう。何かが終ってしまう。それは出来ない相談だった。
そんなある日、アヒルが思い詰めた面持ちでふぁきあに合図を送ってきた。大切な話があるから物語を書いてくれ、と。あひるはふぁきあに心で語りかけた。自分のことで苦しめて済まない、と。これ以上ふぁきあを束縛したくない、と。しかし、アヒル=あひるの言葉にふぁきあは思い知らされた。自分があひるの物語を不用意に書かないのは、彼女を、そして自分を束縛しないためだ。では今は? 物語を書いていなくても束縛していることに変わりないではないか。ならば…。
そしてふぁきあはあひるにゆっくり語りかけた。おまえの物語を一生涯書き続けたい、と。我々は道を誤ってしまうかもしれないが、それでも俺にはおまえが必要だ、と。自分のわがままを受け入れて欲しい、と。
あひるの心は千々に乱れた。ふぁきあの申し出を受け入れたい。わかってる。それが私の本当の願い。でも、本当にそれで良いの?
あひるが結論を出せずにいたそのとき、なつかしい想い出が彼女の心をよぎった。それはかつてエデルに例のペンダントの正体を告げられたときのことだった。自分が王子の意志を受け入れて最後の心を返そうと考えたあのときに自分は何を考えたのか。王子の意志を受け入れることこそが自分の意志ではなかったのか。ならば、ふぁきあの意志を一生涯受け入れ続けたいというこの気持を認めても良いのではないか。後悔するかもしれない。それでも構わない。
「ありがとう、ふぁきあ」
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